三月が去る

3月29日、金曜日。年度末、最後の日。三月が終わる。わたしの二年目が終わる。ベランダに出て、遠いビルの明かりを見つめながら、煙草を吸う。ちょうど最後の一本だった。終わった。ちゃんと終わった。終わって本当に良かった、という実感を噛み締めてい…

「夜明けのすべて」鑑賞後記

明けない夜はない、という言葉が好きではなかった。10代の、思春期ど真ん中で精神的に最悪かつどん底だった頃、母がよく言い聞かせてきたからだ。文字通り、目の前が真っ暗に閉じて、良いように開けてゆく未来を想像もできなかった時、その言葉は励ましでな…

2023年 映画のはなし

密かに100本観るのが目標だったのだけど、12月31日の今日、92本で着地しそうだ。週5で会社員をやり、友人と予定があれば出るけれど予定のない土日は出不精になりがちでありながら、よく観た方なのではないでしょうか。と自分を褒めておくことにする。年始か…

わたしの王国

引越し翌日の朝、南向きの大きな窓からたっぷりと朝日が差し込む部屋で、段ボールと荷物に囲まれながら、淹れたてのコーヒーを啜る。新しく眩しい光の中で、窓の向こうに続く、見慣れない、けれどなんでもない景色を眺めながら、ふと、いま座っているここは…

サントメールの僥倖/緩やかに閉じる

この胸に在り続ける孤独と渾々と向き合い続けることが、自分の人生なのかもしれない、とふと思うときがある。それは他人に埋めてもらうものではなく、その不変で不動の石のような存在と自分で向き合い、自分でそれとの付き合い方や解釈の仕方を変えていく。…

この季節を歩き終えるまで

十一月三日、休日。 木曜日の飲み会は、あまりにも疲弊させられ、削られることが多く、一次会で早々に帰宅した。この日は朝の9時からアポイントが詰まっていてかなり忙しかったのもある。ものすごく疲れていて、眠たかった。こういう時、適当に挨拶をしたり…

melting ice cream/さみしさ

わたしはアイスクリームを食べるとき、最も急いている。積極的にそうしたくてそうしているというより、そうしなければ、という強迫観念に襲われて、という方がちかい。タイムリミットが決まっていることや電車の時間など、状況によって急ぐことは人並みにあ…

夏季休暇初日日記

夏の休暇がはじまった。もっと、解放感や充実感、みずみずしい期待に満ち満ちてはじまるかと思いきや、それは重たい疲労感と共にはじまった。感情らしい感情はなく、ただ、全身に広がるしんどさときつさ、疲労感としか言いようのないこの感覚。ここまで書い…

どこにもいけないよる

22時を過ぎて台所に立つ。鍋に水を入れ、お湯を沸かす。冷凍庫からだいたい50グラムぐらいに分けた豚肉の袋を取り出して、レンジを回す。胡瓜を半分に切って、半分は冷蔵庫に仕舞う。たくさん泣いた目の、瞼の裏側がいたい。半分の胡瓜を丁寧に千切りにする…

まばゆい季節でダンスする

連日、近くの映画館が満席になっている 新宿駅構内はまっすぐに歩けず、サロンに遅刻しかけた 煙草を吸う窓から顔を覗かせると、斜向かいのマンションのベランダに鯉幟が泳いでいる 風の強い日の煙草は短くなるのが早い 青い空を仰ぎながら、本を読んで、う…

四月、さみしさに醒める

肌寒い四月の曇り空の朝は、すこしさみしい。連日の春真っ盛りとでも言わんばかりの眩しい快晴と暖かい気候に浮かれていたのが嘘だったように感じる。あれはほんの束の間の夢であったと突きつけられるような、暖かくて心地よい夢から目覚めるような。駅のエ…

春のこわいものたちについて

室内で聞く雨の音が好き。時々、通りを走る車が水を裂くような音を出して遠ざかっていくのも好き。雨を見るのは、ここのところ、あまり好きじゃない。どうしてか、気分が沈むから。その青灰色のトーンが落ち着く時もあるけど、今日はなんだか虚しい気のする…

「忘れる」/「忘れたい」

※『違国日記』10巻の一部内容に詳しく触れています。 忘れるということはうれしいことだと思う。忘れるという動作はほぼ無意識のうちに行われているので、忘れたということを自覚すらできないのが忘れるということだ。だから、厳密には、「忘れる」と「うれ…

散ってゆくもの、うまれるもの

ⅰ いつも眠れないけれど、今日が特別眠れないのは、明日が二週間ぶりの病院だからだ。目を瞑ると、不完全な闇が横たわっている。ちらちらと何かが瞼の裏をちらつく。真っ暗じゃない。不完全が故に、眠りに落ちてゆけない。瞼は重いのに、意識は覚醒していて…

2022年 映画のはなし

今年、観られてよかった作品を振り返る。 映画は去年に比べて数は全然観られていない。でも、映画館には、仕事がある中で行けていた方だと思う。今思うと、新しい生活やこれまでと全く違う人々との付き合いに翻弄される中で、自分のかたちを保つために映画館…

陽光たち

散歩の帰り道、金色の陽が当たる道を選んで歩いた。夕陽や青空、降り頻る雨たちなどの前で、わたしたちは等しくされる、と思う。わたしたちはみな、それらを平等に受け取らざるを得ないからだ。例えばわたしがいまどんな現実を生きていて、どういう人間かと…

最終日の卵と二度寝の夢

卵を茹でている。換気扇をつけないでいると、卵が鍋の底にごとごととぶつかる音や、水が沸騰して暴れる音が不規則に混じり合って聞こえてくる。9分のタイマーをかけて、その音を聴きながら本を読む。水の、水にしか立てられない音が好きだ。実家にいたころ、…

荒地に手向けの花束を

無秩序な感情たちが暴れ回ってゆっくりと憂鬱の形になっていく。わたしは布団に臥せる。毛布を抱き締めて、目を瞑る。朝の新しくて眩しいことの、なんてつらいことか。この途方もないしんどさ。ずっと、わたしの気が済むまで今日が終わらないでいればいいの…

窓の向こうの生活について

アパートの近くの駐車場で煙草を吸いながら、周りの家々やアパートの窓を眺めるのが好きだ。明かりがついていたり、真っ暗だったり、ちょうどいま明かりがついたり、窓の向こう側を人影が横切ったりするのが見える。いずれもひとの生活を感じる。それを感じ…

遠い遠い遠いところへ

遠い遠い遠い、ここではないどこかへ行きたい。遠い遠い遠い遠い遠い遠い遠い場所。長い人生を思うと憂鬱で堪らなくなる。いいや、違う。長いから憂鬱なのではない。かなしいから、憂鬱なのだ。でも、かなしいことをひとせいにしてはいけない。わたしは、選…

思い出と抱擁/また会えますように

夜、小窓を開けて、煙草を吸う。煙が上がっていく先を辿ると、雲が流れてゆく空が見える。星は見えない。周りのアパートやマンションの建物に遮られて見える範囲が狭いので、月も見えない。東京の真っ黒な夜空を見ると、実家のあるまちの、満天の星空を思い…

夏盛り、茫漠として

抜けるような青い空と突き刺さるように一筋一筋が鋭く眩しい日差しを仰ぎながら、夏が来ている、とごく当たり前でつまらない実感を噛み締める。今年は夏という季節に対する感慨がまるで他人事のようだった。これまでのように長い夏休みもないし、海やプール…

かたち

パンと水だけでは生きていけない。わたしにはやはり物語が必要だった。 自分のかたちがわからない。毎日一生懸命一生懸命一生懸命一生懸命やっているのに、仕事が終わるのは早くても20時を過ぎる。毎日9時間10時間を超える労働をしている。会社に遅くまでい…

息継ぎをして夜を泳ぐ

煙草を吸う。アイスを食べる。好きなアイドルの歌を聴く。涙が出る。漫画を読む。涙が出る。かなしくないのに、かなしくて、涙が出る。虚しくないのに、虚しいような気がして、涙が出る。わたしは今、二十三歳で、もう子どもとは言えないのに、大人なようで…

二〇二二年四月の終わり

わたしだけの人生がはじまった。住むところも、着るものも、食べるものも、全部、自分の力で稼いだお金で責任を持つ。水道のお金も電気のお金もガスのお金も携帯の使用料も、わたしの生活にかかるお金のぜんぶ、わたしが支払う。わたしの生活はわたしがわた…

傾いた陽のひかりたちについて

急速に季節は変わる。街が春にのまれる。朝番のバイト前、まだ少し肌寒い早朝の街を歩きながら、ふいに強い花の匂いを嗅ぎ取って、愕然とした。冬にはなかった甘くて鮮やかな香り。まだ遠いと思い込んでいた冬の終わりは、もう目の前を通り過ぎていたのかも…

綺麗なダムを探したい

あの木曜日から、また少しずつ生活が狂っていく。翌日の金曜日、電車の中でいつもの癖で何気なくツイッターを開いたら、目に飛び込んできた情報に、何かを考えるより前に涙が出た。あ、いま、だめだ、と思った。受け止めたり考えたりする間も無くわたしを殴…

日曜、曇り時々雨の午後と夕方の間に思い出すこと

体も心もくたくたのバイト帰り、喫茶店で珈琲と焼き立てスフレを注文する。上間陽子の海をあげるを読んだ。昨年の誕生日前に、離れて暮らす弟から、誕生日何が欲しい?と連絡が来たので、欲しい本のリストを送った。後日、その中の三冊ほどがAmazonで送られ…

コインランドリーと夏

朝の都内のコインランドリーは、ひどく蒸し暑かった。ぬるい温度の冷房が、そよ風のように、動いている。ゆっくりした時間が欲しかった。わたし以外の誰もいないところで、何かをゆっくり考えたり、考えなかったりしたかった。コインランドリーを思いついた…

フォール・フォール・フォール!

正直、失恋を失恋として切り捨てることがこんなに体力のいることだと思わなかった。泣いたり喚いたり、そういう感情的なあれそれは三日と保たなかったけれど、憂鬱の波はいつになっても、引いてはやってきて、また引いては戻ってきた。 楽しいことはたくさん…