まばゆい季節でダンスする

連日、近くの映画館が満席になっている 新宿駅構内はまっすぐに歩けず、サロンに遅刻しかけた 煙草を吸う窓から顔を覗かせると、斜向かいのマンションのベランダに鯉幟が泳いでいる 風の強い日の煙草は短くなるのが早い 青い空を仰ぎながら、本を読んで、うたた寝をした こころよい休日 いつか灰になることを夢見てやまない夜 春 かなしくて憂鬱で穏やかな春 24歳を俯きがちで生きている みんなと同じように踊るふりをして、ずっとずっと音楽の終わりを待っている

あの日割れたマグを片付けてから、目の前の霧が晴れたような気がしていた (新しいマグを買った) 心の中でぽきりと折れた何かは消えて、少しずつ前を向く気力を溜められているような気がした おかあさん、と思う どうしてわたしを詰ったの どうしてわたしを叩いたの どうして、愛してると言ったのに、愛でないものを押し付けてくるの 瞼の裏に光がちらつく あなたの香水の匂いを思い出す 最近、恋人ができた でも、友達と12時間喋り続けた夜、今のわたしに必要なのは、恋でもなく、家族でもなく、これだった、と思った 恋人のことは好きだけど、家族をちゃんと大事にできる日がいつになるのか、わからない ずっとずっとわからない (いつか、「親不孝」を完璧に後悔するだろうか) 駅前の喫煙所で、落ち葉と埃が小さな旋風を作っている そこではどんな音楽が鳴っているんだろう わたしはいつまでここで…

春になる少し前、弟が就職で実家を出た この前、好きなバンドのライブに一緒に行ったあと、電車の中で家族の話をした まだ無理だよね まだ、まだ無理だよね でも、無理でも大丈夫だよね、という話をした わたしたちはうまくいかないものを抱えて、大丈夫じゃないけど、大丈夫じゃないまま、大丈夫という顔をして、生きていかなければいけない 大きな不幸ではない ありふれた生活、ありふれた人生、ありふれた人間 わたしだけがかなしいなんて言うつもりはないけど、ないのだけど

昼に観た映画で、老婦人が、他人からの哀れみを決して受け入れてはいけない、と言っていた 美しいカット、美しい光、美しい闇が続く、特別不幸でも幸福でもない映画を観ていたら少し気持ちが落ち着いた*1 風の強い日、長い髪が宙に煽られるまま、家までの道を歩く 明日で連休が終わる また毎日が途方もなく続いていく 積み重なっていく 特別なことはない 音楽は終わらない 誰も彼もが踊っている 誰のためのなんのための音楽かもわからないまま 

 

 

 

*1:昨日公開されたばかりの「それでも私は生きてゆく」ミア・ハンセン=ラヴ監督作品。邦題よりも、ある美しい朝、という意味の原題の方が好き。